小さな獣医科病院での開業獣医師としての楽しみの中に、非常におもしろい人達に出会える、ということがあります。診察の間に心暖まる話や素晴らしい才能をもった犬の話を聞いたり、時にはペットの問題行動の心配といった話も聞くことがあります。獣医師というものは犬や猫、また他の風変りなペット達を診察するだけでなく、飼い主達に彼らがより良く、長く動物と過ごせる為の情報も提供します。
 私はいつも患者に、予防接種のプログラムを考えること、トレーニングをすること、クレート(ケージ)・トレーニングを有効に活用すること、そして避妊・去勢手術を施すことについてアドバイスをしています。よく話合い、本や訓練士を紹介したりして、手術をいつ頃行なうかなどの助言をします。理性的な飼い主達はそうしたことを通じて彼らの素晴らしいペットに避妊・去勢手術を施す為、その準備をするものです。
 しかしながら、それにも時に例外があります。診療を終えて飼い主が帰る時、彼らの何気ない言葉に深いため息をついてしまうようことや、憂鬱な気分になることがあるのです。

<よくある話>

 スミス夫人はビション・フリーゼの仔犬を連れて何度か病院にやって来ました。夫人もその子供たちも家庭での躾や手入れについての私たちの話をよく聞いて納得してくれました。仔犬が4ケ月になって病院を訪れた際、ちょうど夫人が帰ろうとした時、私は以前彼女に話をした避妊手術の予約をどうするかと尋ねました。夫人は、義理の姉がカドラーがお産をして子供を取れば、もっと良いペットになると言うので避妊手術の前に一度繁殖をすることに決めたと言うのです。やれやれ!
 スミス家の人達は皆素晴らしい人達ですが、仔犬を取るという事はよく考えた末の結論ではありません。スミス夫妻は二人ともフルタイムで働いているし、家族は皆活動的で家にじっとしているタイプではないのです。誰が仔犬の面倒を見るのでしょう?しかも、カドラーは実に愛らしいとは言っても、理想的なビション・フリーゼの姿からはかなりかけ離れています。かわいく健康的ではありますが(もっとも私たちは彼女の血統的な事についてわからないのでどのような遺伝病が隠されているかについてはわかりません)足は短すぎるし、頭は長すぎます。スミス家の人達は犬種について知らないし、ましてや仔犬を産ませて育てるという事がどういう事かも知りません。

 サッド・ブラウンはマラソンの達人で、シェルターから仔犬を引き取りました。予防注射の為に病院にやって来たのです。ジョジョはとても小さく、明るい性格で、ハスキーっぽくて毛玉に手足がついたような子です。いつになったらジョジョを連れてジョギングを始めてもよいか、ジョジョが支配的な態度を取るようになった場合はどうすれば良いかといった我々の話をサッドは注意深く聞いていました。そして、またしても、です。私たちが診察室から出ようとしたその時、彼は何気なく、ジョジョが大きくなったら、きっと豪華な仔犬が産まれるだろうからサモエドと交配するつもりだと言ったのです。やれやれ!
 飼い主が避妊・去勢手術をどうしようかと迷っている時、私たちは時間をかけて事実を提示し、彼らのように、繁殖する事が良いことだろうと思いつつも、実は勘違いをしている人達に説明します。不幸なことに、ほとんどの飼い主達がなぜ避妊・去勢手術が必要なのか、という事について知らないのです。しかし、避妊・去勢手術のメリットについて説明を受けた後にこの簡単な手術を拒む人達はごくわずかです。

 あなたは自分の愛犬を繁殖すべきでしょうか?これに答えを出すことは、非常に難しいものです。またその動機について、あなたの愛犬の健康や繁殖における責任についてじっくりと検討する事が必要です。愛犬の繁殖を本当に考えているのならば、まずは<事実>と向き合うべきです。

<事 実>

 あなたの愛犬に仔犬を生ませる事を真剣に考えているのであれば、事実を学び、考えられる限りの結果をそれ以前に学ぶことは非常に大切だと考えています。今日の混沌とした世の中で、ペットの管理者として、我々は彼らに対しても、また自分達に対しても責任ある結論を下さねばなりません。以下に述べるポイントについて、慎重に考えてみるべきでしょう。

<犬 質>

 犬質の劣る犬が欲しいとは誰も考えません。繁殖の目的に対して、あなたの愛犬の質がまず第一考えられるべき問題でしょう。AKCに登録されているからといって、それがその犬の質を保証するものではありません。例え純粋種であってもほとんどの犬達は繁殖すべきではないのです。多くの犬達はすばらしい伴侶ですが、体格的、性格的、または健康上、将来まで受け継がれるべきではない何らかの欠点があるものです。動物を繁殖するということは、それを始める「前」の段階でそのような欠点がないことをまず証明されるべきです。繁殖というものの最終的なゴールは「向上すること」つまり、両親よりも更に良い質の仔犬を作り出す努力であるべきものなのです。それを無視することは単なる言い訳にはなりません。一度作り出してしまった命である以上、例えその子の目が見えなかったり、奇形であったり、精神的に大きな欠陥があったとしても、それをもう元に戻すことはできないのです。

<経 費>

 犬の繁殖は、きちんと行われる限り、お金儲けにはなりません。健康管理、各種予防注射、問題がないかどうかの診察や犬質を証明する為の行為、特別食、それなりの設備、交配料、広告費用などはお金がかかるもので、こうした費用は全て仔犬が生まれ、売れる「前に」支払われるべき金額です。帝王切開や、病気になった仔犬への集中治療といった予想もしなかった事態になれば、5分5分の利益あるいは大きな負担にさえなります。こうした事も「もしも」全部の仔犬に買い手がつけば、の話ですが。

<仔犬の売買>

 全く初めて繁殖を手掛ける繁殖者には、繁殖者としての評価も、あてにできる他からの紹介もないものです。「おたくの子のような犬が欲しいわ」といった前約束がどれほどアテにならないものでしょう。4カ月過ぎても、8カ月になっても、あるいはもっと大きくなっても売れ残る仔犬にかかる手間や費用を考えてみてください。もし仔犬が売れ残ったらどうするのでしょう?保健所に持ち込みますか?田舎に行って捨てて来ますか?安く業者に売るのはどうでしょう?彼らはその仔犬を実験施設やもっとひどい所に横流しするかもしれません。きちんとしたベテランの繁殖者は時に、おおよそ生まれる数の仔犬に予約金が入らない限り、繁殖の予定も立てないことすらあるのです。

<誕生の喜び>

 もし、繁殖を子供の教育に良いからという理由で行うとしても、肝心の出産は時として夜中の3時とか、獣医科病院の手術室というケースもあるのです。仮に子供の目の前で出産が始まったとしても、場合によってはとんでもない奇形児の出産やら、死産という場面に遭遇しないとも限りません。あるいは母犬が苦しみに叫んでいる姿や、仔犬が大きすぎて産道から出ないのを助けようとしたあなたの手に噛み付いたりするのを見たりするだけになるかもしれません。メス犬全てがきちんとお産できるとも限らず、中には仔犬が生まれてもほったらかしにしたり、仔犬を持って凶暴になる子もいるのです。難産の場合もあるし、出産の為に死ぬケースもあります。仔犬が死んで生まれることもあれば、安楽死させるほど大変な奇形で生まれることもあります。もちろん、喜びもあるでしょう。けれどもしもの悲劇に対処できないだろうと思うのであれば、始めるべきではありません。

<手 間>

 それなりのきちんとしたベテラン繁殖者に聞けば、普通の出産で仔犬達を育て上げるだけで130時間以上もの労働を費やすと言います。一日当り2時間以上、それも毎日、仔犬の面倒を見ることになります。母犬の出産中と産後数日は目を離すことすらできません。その為に仕事を休み、夜も寝ずに世話をする必要があるのです。出産が終っても母犬には適切な管理をしなくてはならないし、仔犬も日々チェックをし、体重を計ったり、適切な社会化を施さねばなりません。また、手入れや躾をその後には考えてやらねばならないものです。母犬と仔犬がいる環境は常に清潔にしておかねばならず、その為の掃除も半端ではありません。
 更に登録や血統書作成、仔犬の引取り手との会話など、もっと手間をかけることになります。もし、普通でない状況、例えば病気の仔犬がいたり、仔犬の面倒を見ない、あるいは見られない母犬であったりした場合、その手間は更に倍になると考えて下さい。そのような手間暇を十分かけられないでいると、仔犬は死んでしまうかもしれません。または仔犬の精神上問題が起きたり、うまく社会適応できなかったり、汚らしかったり、病弱であるといったみすぼらしい結果になるかもしれません。そのような仔犬を誰が欲しいと思うでしょうか。

<人間としての責任>

 真夜中、売った仔犬達はどこにいるのでしょう?毎年、この国では350万頭もの不要犬が保健所で安楽死されています。その他にも多くが飼い主もなく飢えや病気、交通事故やいじめなどの為に野たれ死んでいます。こうした声なき悲劇の4分の1もしくは3分の1ほどは「血統書付きの」純粋種です。命を生み出す繁殖者はその命に対して責任があります。仔犬が欲しいと言ってくる人達を注意深く吟味していますか?それとも売れてお金さえ貰ってしまえば、後はその犬が汚い裏庭で生涯繋がれっぱなしになっていようが、ふらふらとさまよって事故で死んでしまおうが構わないのでしょうか。無責任な人に仔犬を売ることを断ることができますか?それともそういう人に売ってしまった後の事、あなたが育て、かわいがった仔犬が、シーズンの度に保健所行きとなるような雑種の子−統計上、あなたの子の孫犬です−を生み落すようになるかもしれないなどとはまるで考えもしないのでしょうか。売った仔犬が大きくなって、飼い主が飼い切れなくなった時に戻されて来ても大丈夫でしょうか?あるいは、この世にあなたが生み出した仔犬が保健所で殺されるかもしれない、という事実を認識できますか?

<結 論>

 上記のような事実から、犬の繁殖は「プロフェッショナル・ブリーダー」にまかせる方が一番であると考えます。では、真の「プロフェッショナル・ブリーダー」とはどういう人でしょうか。

<プロフェッショナル・ブリーダーとは>

 生涯をかけて一つの犬種、あるいは二つまでの犬種の発展と向上、繁栄を目指している人です。
 その犬種について学び、研究し、知識も豊富で犬種の歴史や犬種標準にも通じています。また、その犬種の長所のみならず欠点にも精通しているものです。
 繁殖する犬達の質、健康の為に手間もお金もかけています。そうした「質」を持たない犬を繁殖に使う事はありません。両親犬よりも優れた仔犬の作出を目的とし、お金や名誉の為に繁殖をするのではありません。
 その犬種の健康と繁栄の方が、単にその犬種を増やす事以上に重要であると考えています。
 母犬やその仔犬の為に時間も精神的な忍耐力も十分持ち合わせています。仔犬それぞれをきちんと見極め、身体的な質だけでなく、それぞれの気性、個性、活動レベルに合った飼い主を選ぶものです。
 まず第一に責任と愛情のある家庭に仔犬を売ります。ショー用としてショーを目指す人の所に行くような特別な場合を除いて、単にペットとして考えている人達に仔犬の血統問題を持ち出してあれこれ面倒な話などはしないものです。
 周期的に売った仔犬についてコンタクトを取って来ます。それは繁殖計画の結果を見る為だけでなく、その後の仔犬の様子について気にかけているからです。
 自分で個々に手をかけたり、遊んでやったり、手入れを十分できる程度の数の犬しか手元に置いていません。ましてやドッグフードの質を落したり、場所が手狭であったり、医療費などを惜しむこともありません。
 自分が作り出した命について責任を持っており、仔犬の引取り手を慎重に選んだり、新しい家庭を見つける手助けをしたり、繁殖を終えた引退犬を適切に扱うものです。そして、精神的、肉体的に問題があって十分な生涯を送れないであろうと思われるような仔犬については、安楽死をも選択できる決意があります。

 ブリーダーとしての評価は献身と一貫した犬質をもった犬を作出することによって、少しずつ得て行くものであり、繁殖した数の多さや広告の多大さによる評価でもなければ、出まかせや自己賛美などによってではありません。
 その犬種全体についての問題にさえ時に責任感をもってあたります。犬種についての新しい事柄について常に学び、安易な繁殖によってむやみにその犬種が増やされた結果、病気になったり捨てられたりすることのないよう努めるのです。
 ドッグショーで勝ち上がったり、仔犬の売買といった事よりももっと大きな事を見据えています。そして犬全体の問題として、その向上の為になんらかの貢献をしているのです。

 選択権があり、教養ある飼い主はこうしたプロフェッショナルから犬を買うでしょう。もしもあなたがこうしたプロフェッショナルのランクに入りたければ、我々は喜んでその手伝いをしましょう。もし、こうした義務はとても負えないと感じるのであれば、そのかわりにあなたの子を去勢・避妊するという別の責任を選びましょう。

<避妊・去勢手術によって得られるもの>

 少しばかりの知識で多くのペットオーナーが飼犬に避妊・去勢手術をすることを決意します。望まぬ妊娠を避けるだけでなく、避妊・去勢手術には更に多くの意義があるのです。

1.完全なる出産制限
 生涯にただ一度の出費で、一生有効である。

2.以下に挙げるホルモンによる衝動を押えることができる。(これは性的に成熟する以前に行われると確実である)
 他の犬に対する攻撃性の抑制。特にオス犬同志のもの。
 領土防衛本能:自分の縄張に対する過剰防衛
 放浪癖:フェンスの向こう側やあっちの角に誰がいるのかということを気にしなくなる
 支配欲
 糞尿によるマーキング。自分の所でも、また新しい環境でもなくなる。
 過剰な性的行動。乗りかかる、かぎまわる、マウンティングする、なめまわす、落ち着かないなどといった行動を抑えることになる。
 欲求不満。ホルモンの衝動により、飼い主がしてほしくない行為に走ることはなくなる。

3.ホルモンが関与する以下の病気予防(病気によっては一部、または完全に)

オス
 精巣ガン
 良性前立腺過形成
 急性及び慢性前立腺炎、前立腺膿瘍
 肛門周囲腺腫
 精巣炎
 会陰ヘルニア
 性器腫瘍
 臓器の絞扼を引き起こす可能性のある鼠径ヘルニア
メス
 乳ガン
 嚢胞性子宮内膜過形成及び子宮蓄膿症
 偽妊娠
 乳腺炎(偽妊娠に付随するもの)
 可移植性性器肉腫
 卵巣及び子宮腫瘍
 嚢胞性卵巣及び発情ホルモン過剰症
 慢性子宮内膜炎
 膣過形成及び膣脱
 子宮捻転もしくは子宮脱