この子に仔犬を産ませるべきか?

 犬を飼っている人のほとんどは、繁殖について一度くらいは考えた事があるでしょう。仔犬を産ませて育てる事は簡単で楽しいようです。が、仔犬を抱える事全てがそうだとも限りません。繁殖をするということは、ほとんどの人が最初に考えている以上に大変で責任あることなのです。あなたの犬に子を産ませる前に、いくつか考えねばならない重要な事があります。

「産まれた仔犬全てに、一生過ごせる良い家庭を見つけることができますか?」

 アメリカの保護団体や政府によれば、この国で1時間に2千頭の仔犬と450人もの人が産まれています。そのうちの4頭の中で1頭が引き取り手を得られるのです。一生飼ってくれる人を見つけるのは更に困難です。10頭のうち1頭だけが、生涯飼い主が変わることなく暮らしています。1歳になるまでに10頭のうち5頭の飼い主が変わっています。残りの犬達はシェルターで生涯を終えたり、捨てられたり、望まれぬままでいます。仮にあなたの犬が高いお金を出して買った純粋種であっても、その仔犬達もこうした運命をたどるかもしれません。今年一年だけで、十分な引き取り手がいない為に少なくとも300万もの純粋種がシェルターで死ぬ運命にあるのです。あまりにも望まれない動物が多い為、全ての繁殖を禁止する法律の制定を考えている都市は全米でかなりの数にのぼります。

「繁殖者としてのあなたの責任は?」

 繁殖者として、全ての仔犬に対してその生涯にわたってあなたには責任があります。仔犬を売ったその時に責任を終える訳ではなく、そこから始まるのです。その仔犬達が6カ月になった時、1歳になったとき、あるいは今から5年後どこにいるのか、きちんと面倒をみてもらっているのか、それを知るかどうかはあなた次第です。売れ残った仔犬を手元に置いておくかどうするか、売った先の飼い主が飼い切れなくなった場合に、すでにある程度大きくなってしまっている仔犬を引き取るかどうかは、あなた次第です。10頭のうち1頭しか生涯同じ飼い主に飼われないのですから、遅かれ早かれ産まれた仔犬達のほとんどを引き取らざるを得ないかもしれません。そうであれば、今のうちに準備をしておくべきでしょう。仔犬を誕生させる前に、産まれた後ではなく。もしも、あなたが自分の犬を種オスとして使う場合、かけたメス犬の飼い主と同じくらいの責任と
考慮が必要でしょう。

 繁殖者として、売った仔犬のまたその先の繁殖についても責任があります。一度の繁殖で産まれる仔犬の数だけでしたら、過剰気味のペットの数をそんなに増やす訳ではないと思えるでしょう。けれど、もしもあなたのオスかメスが4頭の仔犬を産んだとして、その後それぞれの仔犬がまた繁殖して同じように子を産むと、それだけで4倍となります。単純に考えて、わずか7年であなたの犬の子孫は4,000にも増えるということになるかもしれません。「たった一度だけの繁殖」がどれほど深刻なものか!仔犬の新しい飼い主に避妊・去勢手術を施すようにという契約書の書き方とその薦め方を学ぶ必要があるでしょう。
 仔犬と、仔犬の買い手に対して可能な限り健康で、精神的にも健全な犬を繁殖するように、という点でも責任があります。全ての犬種は子孫に受け継がれる遺伝的な障害や気性の問題を抱えています。こうした問題をいかに認識するかには、経験と勉強することが必要です。多くの遺伝形質は隠れているものです。あなたの犬にはそのような問題がないように見えても、仔犬には受け継がれていくよう遺伝的にプログラムされているかもしれません。高価な医学検査や遺伝および血統についての理解なしでは、飼い主にとって頭痛の種になったり、あなた自身にも経済的に負担をかけるような仔犬を安易に作り出してしまいかねません。信頼できる繁殖者は、繁殖用の犬達の検査をしています。股関節や肘関節形成不全、目の病気、甲状腺などのホルモン異常、皮膚疾患やアレルギー、血液病の検査などなど、繁殖を考える以前に行っていることです。
 繁殖者として、大人になるまで表には出ないかもしれない遺伝形質についても保証できるよう準備せねばなりません。つまり、仔犬を売った一年後にお金を払い戻したり、売った犬を別の子に取り替えてあげたりするかもしれない、ということです。多くの州では今繁殖者は欠点や欠陥のある仔犬を売った金額の最高3倍までの額で払い戻しをする、という「パピー・レモン法」と呼ばれる法律を承認しつつあります。気性もその保証範囲に含まれています。もしもあなたが産ませた仔犬が誰かに噛付いたりした場合、あなたも訴えられるかもしれません。新しい飼い主に対して、訓練(躾)や問題行動や、健康上の問題についてアドバイスするべきです。売った仔犬の飼い主に対しては、10〜15年の間いつでも電話でサポートするようになるでしょう。

「仔犬を産ませるということは、高くつくものである」

 仔犬を産ませ、育てることは、考えうる限りの時間と金を投資することになります。そのお金は収益として後から取り返せるというようなものでもありません。あなたのメスが仔犬を産めるまで成長するまでには、その子を買った金額、食事や管理、各種予防注射や繁殖に適するかどうかのを証明するための医学検査などに1000ドル以上はかかるでしょう。質の良い仔犬を作るためにそのメスと同じ程度かもしくはもっと良い種オスが必要になります。良い種オスはかなりの金額を要求します。ほとんどのプロの繁殖者達は交配料のかわりの子返しには応じないし、どんなメス犬にも交配するという訳ではありません。
 出産前の検査やX線撮影、出産後の検査に予防注射、狼爪の除去、あるいは犬種によっては断尾、仔犬の予防接種(売られる前に2回は受ける)、駆虫、母犬や仔犬への特別食、産箱やヒーター、サークル、ケージなどの特別の物など。出産時のトラブルもよくあることで、帝王切開ともなれば250ドル以上はかかります。
 出産には仕事を休んででも付き合わねばならないでしょう。特にその犬にとって初めてのお産であればなおさら、最初の数日間は全てが順調であるようにしなくてはなりません。いつでも犬まかせにできるわけではないし、事故で仔犬を死なせてしまう場合もあります。あなたが不在中の出産時のトラブルはその犬の生命さえかけるほどの場合もあるのです。どんなに手をかけてやっても、産まれた仔犬の25%は死ぬという統計があります。cleft paletts のようなトラブルもよくあることです。そして仔犬を売る為の広告費用もかかります。その犬種や、住んでいる場所によっては、全ての仔犬に飼い主が見つかるまでに4カ月くらいかかるかもしれません。ショードッグを繁殖しているトップ・ブリーダーでさえ、いろいろ投資したモトを取れるということはほとんどないのです。

「AKC 登録の必要性」

 仔犬をAKCに登録しようという場合、その登録ルールや記録などに詳しくなければなりません。AKC はいつでもあなたの登録事項や繁殖記録を調査する権利があるということを承知しておいてください。もしもあなたの繁殖記録が、AKC の基準と合わなければ、仔犬の登録を拒否したり、罰金を課したり、将来にわたってもあなたの登録受付を保留することもできます。

 この先に進む前に、繁殖を望む理由を考えてみましょう。次からの理由はよく聞くものです。

「仔犬を産むのは自然のことだから。。」

 自然は、われわれのペットの繁殖管理コントロールなどしないものです。自然ではなく、それは私たちがやる事です。自然の法則というものは私たちのやり方とはまるで違います。自然は、全ての動物に繁殖を意図付けることなど決してありません。野性では、最も強く、ふさわしく、賢く、生き延びられるもののみが繁殖できるのです。自然は、メスが、食べて行かれて、環境的にも将来良いとが判断する時期を許しているだけです。私たち人間は動物の将来などおかまいなしにいつでも彼らを繁殖させられるのです。

「子供の為にと思って」

 誕生の神秘を見る事は、常に良いとも限らないのです。出産の現場は混乱しているし、血まみれだし、夜中によくあることです。メスにとっては困難なことですし、出産の苦しみで声を上げたりしたとき、それがあなたや子供達にとって耐えられる以上のものかもしれません。そんな責任や仔犬を育て上げる労力なしに出産とはどういうものかを子供たちに見せてあげられるビデオや本があります。

「この子と同じような子がもう一匹欲しいの」

 少なくとも仔犬が受け継ぐ親の資質は5分5分です。あなたの犬は個性的で特別でしょう。遺伝形質の法則では、その親と子がまるで同じであるとは、不可能なことです。あなたの犬がとても愛らしくて個性的だという性格の多くは、あなたと共に培われたものであって、遺伝するものではないのです。

「仔犬を取っておきたいから」

 自分で繁殖するよりは、新しい仔犬を他から買ってきた方がよほど安上がりです。

「友達がみんな欲しいと言っている」

 あなたの犬が仔犬の時に見た友人の多くは、「いつか」一匹欲しい、などと言うでしょう。けれど、産まれた仔犬がよそに貰われて行く時期が、その「いつか」であるかは、めったにないことです。今仔犬をかまっている余裕はない、とか、あなたが言う金額を払うつもりはないなどと、急に多くの人達が言い出して、きっとあなたも驚かれるでしょう。そんな曖昧な約束をアテにしてはいけません。
 仔犬によい里親を見つけるということは、言うほど簡単なことではないのです。全ての人が犬を飼うのに適していると言い難いし、良い飼い主と悪い飼い主の見分けなどたやすいものではありません。仔犬を売る前に、人の性格を見極め、人を知る為に時間をかけるべきです。仔犬を買いに来る人達は仔犬を育て、躾をした経験があるのか。もしなかったらば、あなたはそういう人達に喜んで教えてあげることができますか?この仔犬にとって、その人の所に行くことが「最良」の選択でしょうか?どうやってその人にあった適切な仔犬を渡すかの見極め方を知っていますか?適切な里親が見つかるまで、そのまま仔犬を置いておけますか?

「性的な経験が必要だから、、」または「一度経験すれば落ち着くだろうから」

 どちらもハズレです。動物の性行動はホルモンに支配されています。愛情も感情も何かを考えることもないのです。メス犬はシーズンになった時だけ性行動を考えます。シーズンが終われば性的な経験も忘れてしまいます。シーズン中のメスが近くにいる時だけ、オス犬は性行動を考えます。交配を経験することによって落ち着くなどまったくありえないどころか、オス犬の場合余計ひどくなることもあります。オスはもっと防衛的になるし、他の犬に対して攻撃的になったり、時には躾がダメになったり、近所にシーズン中のメスなどがいれば、コントロールできなくなる場合もあります。一度も性的な経験などしないでいれば、そんなこともないのです。メス、オスに関わらず、「落ち着かせる為」というのであれば、それぞれの成長と、訓練の問題であって、性的な関わりではありません。
 メスは避妊手術をする前に仔犬を産んだ方がいい、などという言い古されたような事実は根拠がありません。そんな事を言うような獣医がいたとすれば、よほど古くさいに違いないでしょう。統計によれば、健康上何の問題もなく、仔犬のうちでさえ避妊・去勢ができるのです。最初のシーズンが来る前に避妊手術をすれば乳腺癌の恐れもないし、命に関わる子宮蓄膿症の恐れもなくなります。オス犬を去勢しても、それが犬をカタワにするわけではありません。実際には、性的な衝動を別な形で発散させることを許しているよりも、去勢によってもっと良く、また訓練しやすいペットにすることができます。

「今までに犬にかかった費用を取り戻したい」

 先に指摘したように、子犬を産ませることで利益が上がるとは言い難いでしょう。事実、子犬を産ませる事は恐らくあなたが考えている以上に費用がかかるものです。あなたはたぶん今の子を家族の一員として、楽しみとして求めたのだと思います。その子を買うのに500ドルも払ったとしても、その子が10年生きれば、あなたが投資した額は年にわずか50ドル、週1ドル以下です。その子との交流、楽しみ、愛情、誠実さ、その価値はそれ以上のものではないでしょうか。


 もしも真面目にあなたの犬を繁殖するのに正当な理由があり、大変大きな責任を負って生きて行かれるというのであれば、たった今始まったところです。

 あなたが最初にするべき事は、AKC に電話をしてあなたの犬種のナショナル・クラブ、地域のクラブを紹介してもらうことです。そのようなクラブに所属して、他の真面目なブリーダーと会い、学ぶことです。雑誌の定期購読をしましょう。特にあなたの犬種の専門誌と AKC 発行のガゼットです。あなたの犬種の事だけでなく、他の犬種についても全て読むようにしましょう。犬について全ての事を学ぶ必要があります。医学的なもの、解剖学や骨格、習性、訓練、更にあなたの子犬の新しい飼い主となる人達と接する為には心理学も少しばかり必要です。ドッグショーに出かけ、あなたの犬種の参考になる犬達を見て触れ、平均以上の犬とはどういうものかを学んで下さい。
 あなたが学ぶうちで最も重要な事は「犬種標準(ブリード・スタンダード)」が何を意味するかという事です。AKC 公認犬種は全て完璧な基準を書き表しています。それには、その犬種はどういう外見であるか、どのように動き、行動するかが書かれています。真面目なブリーダーは常にその犬が繁殖に適するかどうかを決定する前に、この犬種標準に照らし合わせて犬を評価し、テストし、比較しているのです。彼らはドッグショーに出陳して他の犬達と比較しています。たった一つだけを読んでもスタンダードは簡単に理解できるものではありません。なぜある特定の性質が重要なのか、また、あなたの犬は繁殖によってその犬種の質を高めるられるほどの域に達しているかどうかを本当にわかるまでには、勉強し、何百頭もの犬を見なくてはならないでしょう。これこそが、真剣な犬の繁殖の本当の目的なのです。そして、唯一の理由でもあります。それは、外見的にも、健康的にも、気性や訓練性においても優秀な犬を作り出す、ということです。
 このような知識を得てそれに沿っていくまでには何年もかかるでしょう。あなたはもしかしたらあなたの持っている子は素晴らしいペットだけれど、繁殖に向く個体ではないと気付くかもしれません。そうであるならば、あなたはいい友を得たのです。今日、成功しているブリーダーの何人かは同じ事を経験してきています。彼らは適した質を持っている犬を得るということは、深刻な経済的投資であったり、ベストを尽くす為生涯を捧げることだと気付いています。しかし、そんな彼らの努力に対して本当の意味での金銭的な報酬はないかもしれないのです。

 今日、犬の繁殖とは、深刻な事柄です。今先に進む前に、地域の保健所や保護施設に出かけて子犬を産ませることは「楽しい」と考えた人達が繁殖した犬達がどういう状況になっているかを見て下さい。安楽死による「死の奇跡」は、「誕生の奇跡」と同じくらい教育的なことでしょう。もしもそれでも繁殖を考えるのであれば、それが例えどんな結果になろうとも承知しておくべきでしょう。

 やってみる価値があるだろうか?ほとんどの場合、答えは NO です。あなたのペットを繁殖させないという決意は、あなたにできる最も知的で教養的な決定の一つです。