遺伝性疾患と繁殖

 欧米においては、犬の繁殖の際に遺伝性疾患のチェックを「交配以前に」行うことが通例となっています。仔犬を求める際にはブリーダーに両親犬はもちろん、その先祖の犬の遺伝性疾患の有無についまで尋ねることが一般の人でも行われています。プードルに限らず、犬種の健全な将来のためには、繁殖に携わる者はこれら遺伝性疾患についての知識はもちろん、ブリーディング・ラインの中からいかにそれらを排除していくかが課題です。

 繁殖を考える時、なぜ遺伝性疾患の検査が重要なのでしょうか。
 現代の純粋種の多くが何らかの遺伝性疾患及び遺伝の関与が疑われる疾患を犬種の問題として抱えています。ブリーダーはしばしば「自分の犬達は健康で何の問題もありません」と言いますが、果たして本当にそうでしょうか?遺伝性疾患の中には、犬がある程度成長しないと表面に現れないもの(発病年齢が遅いもの)や潜在性、あるいはキャリアといって実質その疾患に冒されることはないものの、遺伝子の中に疾患を抱えていて、繁殖に用いれば子孫にその病気の遺伝子を確実に受け渡してしまうケースも多くあります。遺伝性疾患を見過ごしている場合や、知らないがために「病気はない」と勘違いすることもあります。

 全ての犬たちが各遺伝性疾患に対して「クリア」で、繁殖する犬は全てクリア同士であれば病気が発症することもなく、将来のブリーディング・プログラムにおいても何も問題はないのですが、検査も何もしない限り果たしてどの犬が「クリア」でどれが「キャリア」で、どれが「アフェクティッド」(病気を発症しているもの)なのかは誰もわかりません。例えば PRA のように「アフェクティッド」であっても、病気の兆候がある程度の年齢にならないと発現しないものもあり、すでに何回も交配に使った後になって病気がわかる、というケースは決してまれではありません。

 万一、繁殖に使う犬が「キャリア」か「アフェクイティッド」であれば、その犬が交配をすることによって、目に見えないところで確実に将来の子孫に病気の遺伝子を受け渡します。病気によっては、犬の命に関わるものもあります。
 こうした危険性、病気の因子を子孫に受け渡す可能性を断ち切るには、できる限りの遺伝性疾患のチェックを繁殖に用いる犬全てに実施し、確実で安全な繁殖をする以外に方法がありません。検査できない病気や発病するまでわからない病気についてはこまめな検査と繁殖した仔犬達の健康状態を常に把握していかなくてはなりません。追加調査や検査をしない限り、誰も自分の犬だけは大丈夫だとは決して言えないのです。もしも、誰も遺伝性疾患の検査をしないで繁殖を繰り返していたら、将来の犬達の健康はどうなるのでしょう。繁殖に携わる者が自覚をもたない限り、犬の繁殖は永遠にロシアン・ルーレットをやることになってしまいます。

 犬の繁殖の目的は、犬種の発展であり、将来にわたってその犬種の健全性を守ることです。これはブリード・スタンダードにのっとった質の高く、美しい個体を造ると同時に、気質も含めた内面の健全性も重視されるべきです。例え目で見える姿がどんなに美しくても、目が見えない、まともに歩くこともできない、あるいは短命でその一生を終える、気質がその犬種にそぐわない、などということになったら、その犬種に未来はないでしょう。
 将来のプードル達がいつまでも心身ともに美しく健全であるために、遺伝性疾患の検査とその排除に関して、犬種に携わる者ひとりひとりが自覚をしていくべきではないでしょうか。

 「知らなかったから」 情報が手軽に手に入る今では、この言葉は時に単なる言い訳にしかなりません。そもそも、繁殖をするためには、犬種のことから始まって、たくさん事前に勉強が必要なはずです。
 「日本では検査できないから」 努力すれば主だった病気の検査はできます。例え確定診断は難しくても、繁殖の際にどの程度の状態にあるかはおおよそわかるはずです。要は、どれだけ本気でやる気があるかどうか、です。

 たった一度のお楽しみ繁殖で重大な遺伝性疾患を持つ仔犬を生み出してしまったケースもあります。繁殖をすることは、将来に命をつなぐことです。もしもこれを読んでいるあなたが、本当にその犬種にほれ込み、その犬種は自分にとって大事なものであると考えているのであれば、どうか真剣に考えてください。遺伝性疾患で苦しむのは犬自身です。そのような犬を抱えて時に経済的に、また精神的に(精神面の方が辛いものです)傷つき、苦しむのは飼い主です。

 日本は遺伝性疾患のチェックが甘い、タイトルさえついていれば高値で外産犬を喜んで買う。そのため、本国では遺伝性疾患の検査を通らずに本来繁殖に使うべきではない犬を平気で売りつけるブリーダーやブローカーがいるのも事実です。繁殖する際は血統やタイプの研究はもちろんですが、交配相手はタイトルやショー歴だけで選ばず、中身がどうなっているのかの調査をまずはするべきではないでしょうか。今は、インターネット上で OFA のサイトなどから遺伝性疾患のチェックがきちんとされているのか、通っているのかなどを調べることも可能です。犬種の将来のためにも、軽視してはならないことだと感じます。

ブリーダーと話をする前に

 仔犬を求めようとしているあなたも「勉強してください
 ここのページに書いてあること、ダイアンの質問表の言葉などをまるで「バカの一つ覚え」(失礼/苦笑)のようにそのまま繁殖者にぶつけて相手を面食らわせたり、失礼な奴だと思われるような方もいらっしゃるようです。くれぐれも、ブリーダーを「試すかのような」態度で質問することは避けましょう。そのような態度はどこか口調に現れるものです。自分で得た知識は自分で消化してから使ってください。消化しきれないということはお勉強不足と考えましょう。(笑)

 あなたも勉強をしてください。まずは犬について、それから犬種について、犬種の持つ病気などについて。
 遺伝性疾患は検査できるもの、できないもの、検査ができても結果について未だあいまいなもの、遺伝モードが確実に判明していないもの、隔世遺伝の疑いもあるもの、繁殖プログラムのやりかたによっては避けられるもの、両親犬がクリアでも仔犬に対して100%保証できないもの、などなどさまざまなのです。きちんとした知識のあるブリーダーはそういうこともわかった上で繁殖をしているはずです。ただし、ウソは見破りましょう。(笑)ブリーダーの言っていることが真実か、知ったかぶりな適当な話なのか、あるいは裏付けがないことなのか、本当にブリーダーが「理解して」話をしているのか、見え透いたウソなのか。それを見破れることができるかどうかは、あなたがどれだけ勉強をしたかどうか、です。
 繰り返しますが、100%確実に全てを保証できる繁殖プログラムはあり得ないということも覚えておいてください。
 犬は生き物です。工業製品ではありません。10年以上生きている間に何がしかの疾患やトラブルを抱えることもあります。疾患の一部は遺伝性に基づくものかもしれません。遺伝や家族性には関係ないかもしれません。現在の医学・獣医学では、全ての疾患の原因、遺伝モードは解明されていません。心あるブリーダーは努力しているはずです。それでも思わぬ病気になったり、予期せぬ事態になることも不幸ながらあるのです。これは、相手が生き物である以上、時にいたしかたないこともあるのです。何かあった時に、全てをブリーダーのせいにできるのでしょうか?必ずしもそうでないこともあるのだ、ということも同時に理解しておかねばならないと感じます。
 

ブリーディングを考えている方へ

 最初に書いたことの繰り返しになりますが、可能な検査はしてください。もしもあなたがその犬種のことを本当に大事に考えているのならば、自分の利益よりも犬種の将来の利益(健全性)を重視してほしいと思います。必要な事をせずに無視をして、後になってから「知らなかったから」と言い訳ができるのでしょうか?
 血縁にあたる他の犬達の健康状態など、手に入れられる限りの情報を入手して冷静に考えてください。遺伝性疾患の多くは「劣性遺伝」であると言われています。仮に今、あなたの犬には特に病気の兆候もなく、交配相手の犬も同じく何も表面的に問題はないと見えても、両親の表には現れなかった疾患が産まれてきた仔犬、あるいはその孫に出てくるかもしません。それゆえに血縁調査は先祖のみならず、異母兄弟姉妹、異父兄弟姉妹、甥、姪とできる範囲ですることが望まれるのです。

 命をつなぐ、将来に子孫を残していくブリーディングを考えている人は、例えかわいい我が子の1度きりのお産であっても冷静に判断をしてほしいと思います。時に繁殖を諦めることは、称賛されるべき勇気ある大きな決断でもあります。

ブリーディングについて 追記(2008)

 *以下の文章は、実は追記しようかどうしようか、書き上げてから半年以上悩みました。
  しかし、やはり大事なことだと思いますので、今回アップします。

 私がこのページの文章を最初に書いてから、数年が経ちました。そしてその間にプードルに限らず、多くの犬種で繁殖の際には繁殖をしようとしている個体の健康状態、特に遺伝性疾患の検査に取り組む人達も増えてきて、こうしたことが話題にのぼることが多くなってきたという感触があります。
 これは大変喜ばしいことですが、同時に遺伝性疾患とそのテスト結果ばかりが強調されて大事なことが置き忘れられているのではないかと感じることも多々あります。大事なこと、つまり「繁殖に用いようとしているその犬は果たしてその犬種として、将来子孫を残しても良いだけの十分な資質、犬質を持っていますか?」ということです。腰OK、目OK、心臓OK、内分泌系疾患OK。でも、プードルとしては疑問符をつけたくなるような外見。繁殖は身体の健全性はもちろんですが、それと同時に、その犬種として恥ずかしくないレベルであるか、ということも重要ではないでしょうか。
 それぞれの犬種には「犬種標準」(ブリード・スタンダード)という、その犬種の理想像はこうあるべき、という指針となる大事な資料があります。この犬種標準に100%適合できる完璧な犬は残念ながらいない、ということも事実で、ショーで成績が良い犬でもたいてい、いくつかの欠点を持っていたりします。しかし、熱意のあるブリーダーはこの欠点を補い、より犬種標準に見合った犬を作ろうと努力を重ねています。犬種標準書を読み、目の前にいる実際の犬がどの程度の犬質をもっているかを見極めるためには、また多くの「勉強」が必要です。こういう見えない努力も繁殖をする側はじっくりとするべきでしょう。
 昔、股関節が悪いゴールデンが増えた時にも股関節の検査の重要性が叫ばれ、多くの人達が股関節の検査をしました。しかし、ゴールデンは腰だけで繁殖するのではありません。股関節さえ良ければ見た目が鬼瓦でも、体形が悪く明らかに欠点が悪いゴールデンでも何でも繁殖していいのでしょうか?
 今、同じようなことがプードルでも起きつつあるのではないかと感じます。特に prcd-PRAの遺伝性疾患の検査が遺伝子レベルでできるようになってから(トイとミニチュアのみですが)それのみの結果だけでサイズも犬質もトイプードルとして劣るような犬を「遺伝疾患の検査クリア」という事実をまるで錦の御旗のようにして繁殖をするのは果たしてどうなのか、と個人的に感じています。
 犬質を落とすには1代の繁殖で十分です。(それ以前に繁殖に適したレベルでない犬の方が多いという印象もありますが)子犬の血統書には「プードル」と記載されていても、あなたが繁殖したプードルがまた数世代繁殖を重ねた後、その子孫たちは果たしてきちんと見た目も気質もプードルとして恥ずかしくない犬かどうか、そこまでを考えて繁殖をしてほしいと思います。

 最近「私はブリーダーではない」「ブリーダーになるつもりはない」と言いつつ実際の繁殖に手を出す方も少なからずいらっしゃるようです。実際に繁殖に関わり、子犬を産ませるという行為を行う人が言葉の意味として「ブリーダー」となります。たとえ職業的にブリーダーという立場ではなくとも、言葉の意味としてその行為を行う人がブリーダーです。こういう議論をし始めると揚げ足取りのようになってしまいますが、ブリーダーではない、今後ブリーダーになるつもりもない、と言うのは一種の言い訳ではないでしょうか。都合の良い言い訳をして、その「犬種に対する責任」を無視して繁殖をすることはいかがなものかと思います。

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 最後に、私の友人がサイトに書いていた名文をご紹介します。

「一つの犬種から一つの病気を排除するのは簡単ではない。これに対して真剣に取り組めない人は、自分の犬は愛しているんでしょうけど、その犬種は愛していないのだと私は思います。」

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