2000年6月、菜々子は「突発性血小板減少症」と診断され、以降、現在まで薬剤によってコントロール・維持しています。病気を発見する以前からの様子をここで紹介します。

2000年5月末
 いつごろからか記憶は定かではありませんが、5月半ば過ぎ頃から、「なんとなく」菜々子の様子が以前と少し違ってきていると感じていました。なんとなく元気がない、なんとなく動きが鈍い。食欲も変わらずあるし、外に出ればほぼいつもの通りなのですが、なんとなく動きが重いような気がして気になっていました。
 菜々子はこの年の11月で丸10歳になり、立派な「シニア」の域です。そろそろ老齢性の問題も出てくるのでは?という心配もありました。なんとなく動きが悪いのは、もしかしたら知らぬ間にどこか腰や足を痛めたかもしれない、と思っていましたが詳しく調べなくてはわからないので、とりあえず横浜に出た時に病院に寄って診てもらうことにしました。

 何だかわからないけれど元気がないので調べてほしい、という私の訴えに、とりあえずは血液検査。それと足腰も心配ということでレントゲン撮影もしました。
 血液検査の結果はとりたてて「異常」というものはありませんでした。しかし、白血球数がやや高くそれも「好酸球」が多いというのです。好酸球は白血球の一種で、可能性として「どこかに炎症がある」かもしれない、ということでした。しかし、外見や触診から異常は発見できず、また、レントゲン撮影でも異常というものは見当りません。(若干、加齢とともに見られる変形性脊椎症の初期症状が見受けられる程度)
 とりあえずこの日は、抗生物質を1週間内服して、その後の血液検査で白血球数が減るかどうか様子を見ようということになりました。もし抗生物質を飲んでも変化がなければ内蔵疾患や腫瘍の疑いなどが残るので、その時は徹底的に検査をしよう、ということになったのです。

その5日後(木曜夜)
 夜、窓から外を見ている菜々子のお尻を何気なく見たら、肛門付近がなんとなく変な気がしました。
 よく見ると、ジクジクしていて茶色っぽいものがついているのです。実はこの週末、菜々子を洗ってトリミングする予定でいました。菜々子のトリミングはだいたい3週間から4週間に一度で、肛門腺はその時に絞ります。つまり、お風呂に入れる直前は通常であれば肛門腺も溜まってきているところで、私は菜々子の肛門を見て肛門腺炎ではないか、とすぐに感じました。昔、トイで一度経験があります。幸いまだそんなに腫れていないようだったのでうまくすれば破れずに済むだろうから、肛門腺の洗浄をしてもらおうと考えたのです。

翌日(金曜日)
 朝一で横浜に出て、どうも肛門腺炎のようだから洗浄して診てほしいと菜々子を連れて行きました。早速に洗浄。かなりの勢いで肛門腺と鮮血が吹き出ました。
 この日、血液検査はしていません。先日の白血球の件は、おそらくこの炎症だったのだろうと、一同ほっとしたのです。念のため、残っている抗生物質も継続して飲ませることにしてこの日はそのまま検査もせずに帰りました。
 そしてこの晩、何気なく菜々子の口を覗いた時に歯石がひどいことと、歯石の色が変わっていることに気づきました。歯石は毎度のことなので、明日洗った後にでもスケラーで取れる分は取ってしまえばいいや、と思ったのです。しかし、この日見たとき、ちょうどチョコレートを食べた後のような濃い茶色の歯石が歯茎との境についていたのがちょっと気になりました。しかし、数カ月前にフードを変えたところで、もしかしたらフードが変わったので歯石の付き方も変わったのかもしれない、と思い、とりあえず歯石は取ってしまえばいいものだから、としか考えませんでした。
 夜になって洗浄した後の肛門からまだ少し血がにじみ出ているのを見つけました。麻酔もせずにいきなりガーっと洗浄をかけたし、なんせ朝やったばかりだから、と、あまり気にもとめずにいたのです。

土曜日
 昼頃から菜々子の風呂の準備を始めました。
 クリッパーをいつものように入れていたのですが(1ミリ)なぜかこの日はよく皮膚が切れてしまうのです。足先をクリッピングしていて、ちょっとしたことですぐに血が出てきてなんかいつもと違って変だなぁ、と思っていました。1ミリの刃は錆びてきているし、切れも悪くなっていました。意外なもので、切れない刃の方が皮膚を傷つけることがあります。途中で新しい刃に付け替え、お腹以外のクリッピングを終えて、菜々子を洗ったのです。
 ドライヤーをいつものようにかけはじめました。菜々子はテーブルの上で寝ています。体の片側を乾かし、内股を乾かそうとお腹を出すと、お腹にポチポチと赤い斑点がついていたのです。昔、草地でダニのような虫にやられた時にポチポチと赤い斑点ができたことがあり、それに似ていましたが虫にくわれるような所にも行っていないし、その時は斑点の大きさがほぼ一定だったのに今回は大きさもまちまちです。ちょうど、真っ赤なインク(それこそ印刷屋が属に言う「金赤」という鮮やかな赤色)を垂らしてシミができたような感じでした。変だなぁ、と思ったのですが、もしかしたらこれは今日まで飲ませていた抗生物質のアレルギーかもしれない、と思いました。ちょうど虫に食われた跡か、アレルギー反応のように見えたのです。変だなぁと思いつつ、そのまま続けてドライヤーをかけていました。
 しかし、腋の下を見た時、これは単なるアレルギー反応ではない、と確信しました。腋の下、ちょうど皮膚がこすれるような部分全体が大きく赤黒くなっていたのです。
 ここでこれは絶対に異常事態だと確信し、ドライヤーを終えて私は先日の病院に電話をかけて菜々子の皮膚の様子がおかしいことを伝えました。
 電話で「紫斑が出ているのか?」と聞かれたのですが、その「紫斑」が何だかわかりません。見た目は真っ赤ですから「紫じゃなくて赤くて、ちょうど赤インキを落としたみたい」と説明するのがやっとです。それでもこの時、私は菜々子が病気であるという自覚が全くありませんでしたから実にノンキでした。すぐに連れて来てほしいと言われたものの、同時に電話の向こうで、友人でもある獣医師が「今から用事で出かけるが夕方には病院に戻っている」というのを聞いて「じゃぁその間に菜々子のトリミングを終えておくから、終ったら夕方連れて行く」などとノンキな会話をしていたのです。
 こうして私はその後2時間半ほどかけて菜々子のトリミングをして、すっかりきれいになったところでノンビリと病院に連れて出たのでした。

異常を発見した当日の菜々子の点状出血の様子。

腋の下など、皮膚がこすれるところは「紫斑」と呼ばれる状態でした。皮膚一面が紫というよりも黒っぽくなって内出血のアザという感じが素人でもよくわかるものです。

当初、この点々とした赤い皮膚を見て、抗生物質のアレルギーかもしれない、などと気軽に考えましたが、腋の下を見た時は確実に異常が起こっていると素人目にもわかるものでした。

土曜日の晩
 菜々子の皮膚を見た獣医達は「これは大変なことだ」と言って、即座に血液検査をしました。
 結果、先週220,000ほどあった血小板数が、その10分の1、なんと 20,000にまで落ちていたのです。突発性血小板減少症です。
 菜々子はとっくの昔に避妊手術をしているため、エストロゲン誘発の可能性はゼロ。予防注射など免疫系統に作用するようなこともしていなければ、中毒を起こすような薬物に暴露された覚えも一切ありません。この時、血小板減少症は本当に「突発的に」原因の特定もできずに起こるケースが多いと聞きました。

 よくよく考えてみると、あれは肛門腺炎ではなかったのです。肛門腺を洗浄した時にかなりの鮮血が出たのですが、通常の肛門腺炎とはちょっと違うな、と思いながら洗浄をかけていたとこの時に聞かされました。歯石もフードが変わったから色が変わったのではありませんでした。それぞれ血小板減少症に伴う粘膜からの出血症状というのが正解だったのです。
 菜々子は即座にその場で点滴につながれ、点滴を通してステロイドの大量投与が行われました。もちろんこのまま入院で連れて帰ることはできません。しかし、私はそれでもまだかなり楽観的でした。発見が早くてよかった、と言われたこともあって、せいぜい一晩点滴につながっていれば2,3日ですぐ元気になるだろうとタカをくくっていたのです。

 ところがその夜中、2時に電話が鳴りました。「鼻血が出て止まらないので来てほしい」
 この晩から私は菜々子と一緒に病院に寝泊まりすることになりました。菜々子は一人で入院ケージに残され、興奮して騒ぎまくって安静にできず鼻からの出血が止まらなくなってしまっていたのです。血小板がなくなっているのですから、出血したらそれこそそのまま止血できずに死ぬ恐れがあります。この後、緊急で明け方までの間に100cc の輸血。供血犬の確保と言われたものの、菜々子の体格に見合う供血犬を探すことは非常に大変でした。結局、友人らの手をかなり借りて、万一の時のために3頭ほどボランティアの確保をしてもらった次第です。結果として、輸血はこの晩の一度だけでしたが、若くて血液のあう犬が身近にいることの大切さを痛感させられた出来事でした。

その後&エピソード
 ステロイドと共に、翌日、抗ガン剤の投与も行われました。病院に菜々子の必要分のストックがなく、他の病院まで抗ガン剤を借り受けに行くことにもなりました。月曜日まで点滴入院をして血小板数は急速に回復していき、菜々子自身のストレス緩和のために自宅に戻ることになりました。以降数日間、毎日点滴のために通うことになります。

 この一連の「事件」は、私が PCA に出かける約2週間前のことでした。
 私が長期でうちを空けるとき、今まで菜々子は友人に預かってもらっていました。ところがこの年、トイレが心配なくらいだったら様子を見にうちに戻ればいいことだから、と、ダンナが「うちに置いていけば」と言っていたので、菜々子を預けずにダンナと一緒に PCA の間留守番させるつもりでいたのです。菜々子の回復次第で私はこの年の PCA 行きを断念するつもりでいたのですが、後になって考えてみると私がアメリカに出る「前に」病気がわかってかえってラッキーだったと思っています。もし、私がいない間に症状が出ていたら、おそらく気づかぬうちに菜々子をこの病気で死なせていたと思います。というのも、私でさえ粘膜出血とは当初思っていなかった初期症状をダンナが見つけられたとはとても思えません。普段、菜々子にクシ入れすらめったにしない人が、果たして早い段階で点状出血に気づいたかどうか?また、例え何か異常がわかったとしても、うちのダンナは車の運転ができないのですから、どうやって病院にな菜々子を担ぎ込めばいいのか、ましてや異常が夜中に表れていたら、、、、と思うと、今考えてもゾっとします。PCA に行っている間、万一の事態を考えて菜々子は結局病院で預かってもらうことになりました。

友人のスタンダードのケース
 菜々子がうちにやってきた頃、スタンダードを飼っている人と知り合いました。忙しくなって今はお互いにほとんど会うこともありませんが、去年の春先に思い出して電話をしてみました。「どうしてます?」と聞くと、なんと、そのスタンダードの子が前年の暮れに突然亡くなったと言われて驚きました。何があったのかと聞いたら、彼女がほんの2,3時間、所用でうちを空けて戻ってきたら、朝まで何事もなく元気でいつもの通りでいた子が「血の海の中で虫の息」になって倒れていた、というのです。獣医さんを呼ぶ間もなく、その子は亡くなったという話でした。あまりに突然でかなりのショックだったようで、私も気の毒で詳細を聞くことをためらったのですが、その時に聞いた断片的な話では、出血は肛門からの大量の鮮血であったこと、出血を止めようにもどうにも止めることができなかったということでした。この頃、
ちょうどフォン・ウィルブランドに関して調べていた時でもあったため、私はアメリカの友人数人にこの知人のスタンダードのケースを聞いてみました。これは vWD なのだろうか?という私の問いに友人らは「プードルの vWD は死ぬほど重篤ではない。話を聞くかぎりそれは血小板減少症に違いない。血小板減少症はプードルでは比較的みられる病気だから」と口を揃えました。「血小板減少症」という病名を知ったのは、実はこの時が初めてです。しかし、まさかその数ヶ月後に自分がこの病気と直接出会うとは全くもって予想すらしませんでした。
 恐らく、初期症状を忙しかった知人は見逃していて失血死するまで気づかなかったのだろうと思います。私でさえ、菜々子の時、たまたまお風呂に入れたからすぐに点状出血に気づいたようなもので、実は週末に洗うからと、忙しさを理由にして頭と耳以外は1週間ほどブラシすら入れなかったのです。もし洗うまでにもっと時間がかかっていたら、それこそ血が止まらなくなってから病院に担ぎ込むハメになっていたかもしれません。菜々子のケースはいろいろな偶然があったものの、結果論として言えば、これでも早期発見の方だったようです。

教訓
 犬が若くて健康なうちは、普段から細かい血液検査などあまり考えない飼い主が多いのではないかと思います。私自身、実はそうでした。今回、菜々子がこの病気になるまで、実はあの子の血小板数など気にしたこともなければ、カウントしたこともないのです。そのため、健康な時の菜々子の血小板数の平均値がわからないということになってしまいました。できれば
若くて健康なうちに、血小板数も含めた血液検査を時折して正常な平均的数字を把握しておくことは将来病気になった時のために有効です。
 また、
この病気の初期症状は、どんなに小さくても見逃さないこと!普段から皮膚の状態もよく見ておくことももちろんですが、口の中、肛門といった粘膜からの出血にも要注意。もし異常を感じたら早めに獣医師の診断を受けることをおすすめします。

エピソードその2
 菜々子は他でもラッキーでした。
 担ぎ込んだ知人の病院には、その前年から新しい代診の先生が入りました。彼女は日本で血小板に関してはこの人、と言われる先生の下で研修をしていた時期があり、血小板減少症についてはかなりの症例を今まで実際に診ていた上、投薬などについてはその先生に直接コンタクトを取ってくれていて、ある意味バックアップ体制は万全でした。供血犬に関して多大な協力をしてくれて友人らにも恵まれていたことには、感謝しています。

 知人のスタンダードのケースは、今となっては誰も本当のことはわかりません。しかし、知人の話では「大腸カタル」とかかりつけの獣医に言われたというのです。(もちろん、亡くなった後なので診断なしでの話です)アメリカの友人ら(皆、普通の飼い主で獣医ではありません)が私のあまり訳のわからない断片的な話だけで「それはたぶん血小板減少症よ」というのに、なぜ大腸カタルになったのか。。。獣医師の差がもしあるとしたら、やはり菜々子はついていたと思います。
 その後年が明けて、私は仕事絡みでアメリカでも血液学で先端をいく Dr. Bernard Feldman の血液学のセミナーに居合わせることができたことも幸運でした。獣医学的基礎知識に多いに欠ける私ですが、直接 Dr. Feldman と菜々子のケースについて話をし、投薬に関してその後も継続的にヒントやご意見をいただくことができて感謝しています。Dr. Feldman は、菜々子の場合は、やはり発見がかなり早いケースだと言っていました。私にとっては恐怖の数日を過ごしたわけですが、彼は笑いながら「この病気は発見さえ早ければコントロールできるものだから、言うほど恐ろしいものではないよ」と言うのです。とにかく、早期発見、早期処置が重要だと感じます。

 現状で菜々子は、ステロイドの量にあまり関係なく、血小板数は230,000〜280,000の間で推移して維持しています。なんせ菜々子が若くて健康な時のデータがないため、この数値が菜々子にとっての「正常値」なのかどうかわかりません。私の感触では、菜々子はもしかしたら他の子よりも相対的に血小板数がもともと少なめなのではないか?と感じているところでもあります。

2001-6


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